伝説の野球部





田島が興味津々、という顔つきでそれを言い出したのは自習時間だった。
その言葉はここ一週間ほど三橋が感じていたことと全く同じだったので、
やっぱり気のせいじゃなかったと  三橋は思った。

「最近阿部が変だよな?!」
「・・・・・・・そう、思う・・・・? 田島くん」
「思う!」
「・・・・・・・・・・。」
「泉も思うだろ?」
「まぁな」

話を振られた泉も当然のように頷いてから、淡々と言った。

「来すぎる」
「だよなー!!!」
「ちょっと前まで、あんなにひどくなかったよな?」
「いつからだっけ?」
「えーと、 先週?」

2人の会話を聞きながら、三橋もこくこくと控え目に頷いた。
3人はそこで顔を見合わせて一様に不思議そうな顔になった。
期せずしてハモった。

「「「何でだろう・・・・・・・?」」」



阿部が変なのだ。  いつも変だけど、いっそう変になった。
頻繁に9組の教室を訪れては、当然のように三橋の傍に直行する。
最初は何だかんだとそれらしい用事を作っていたけど、それは初めの1〜2日だけで
最近はもう理由すら言わない。
休み時間ごとに来ては三橋の傍で他愛無い話をしては帰っていく。

阿部と三橋は付き合っている。
それは不幸にして (三橋にとっては) 学校中が知っている。
だから阿部が三橋に会いに来るのは、別に不自然なことではないのかもしれない。 しれないが。
三橋がそれをひどく恥ずかしがるので、阿部も一応気を遣って
今まではあからさまな形では来なかった。
それこそ 「用事を作ってたまにくる」 くらいのものだった。
それがここ1週間ほど目に余るほどの頻度で訪れる。
その度に好奇やからかいの視線に晒されて、三橋は恥ずかしくて堪らない。
あまりに多いので、そのうち9組の連中も慣れっこになってきて、
好奇が次第に呆れだの慈愛の眼差しに変わってきたのも、それはそれでいたたまれない。
さりとて 「何で来るの?」 と問うことは三橋にはできなかった。
阿部が傷付くんじゃないかとか、怒り出すんじゃないかと思うと怖くて聞けない。

「三橋はなんか思い当たることあんじゃねーの?」

田島に問われてふるふると、三橋は顔を横に振った。
自分たちの関係で最近特に変化はない。
特別な何かがあったわけでもないし、喧嘩したわけでもない。
なぜ阿部がそんなに何度も来るのか見当も付かない。

泉は疲れたようなため息をついた。
田島は楽しそうにつぶやいた。

「オレ、本人に聞いてみよっかな」
「・・・・・やめとけ田島」
「えー、なんでぇ?」
「・・・・・・・・なんとなく」

泉が止めたのに明確な根拠はなかった。 ただの勘だった。
しかし、聞いて返って来る答はぐったりするような内容に違いない、という確信はあった。
阿部は頭がいいくせに三橋に関することでは 「バカ」 になる。 見事なくらい。
それ以前に阿部が素直に答えるとも思えない。
泉の制止に田島は 「ちぇ」 という顔をしたものの、諦めたようだった。  けれど次に。

「じゃあ花井に聞いてみる!」
「・・・・知らないんじゃない?」
「かもな!」

今度は泉も止めなかった。
田島もそうは言ったものの、花井が知ってると本気で思っていたわけではなかった。




それでもその日の部活中に田島はダメもとでそれを実行した。
阿部の極端な行動の理由が知りたくてたまらなかったからである。
たまたま傍にいた泉は 「やっぱり聞いた・・・・・」 と内心で呆れながらも
便乗して聞き耳を立てた。

「阿部がさ、最近三橋のとこに何回も来るんだけど!」
「はーん・・・・・・・・・・」

2人にとって意外なことに花井は大して驚いた顔をしなかった。 
むしろ聞いた途端に 「納得」 したような表情になって小さくため息をついた。

「やっぱりあいつ、9組に行ってたのか・・・・・・・」
「やっぱり?」
「あー・・・・・・・・そうじゃないかなーとはオレも思ってたんだけど」
「え、なんか理由があんだ?!」

田島の目がきらきらと輝いた。

「うーん、多分な・・・・・・・・・」
「なになに?」

好奇心満々で問いかけた田島に、花井は突然脈絡のないことを言い始めた。

「おまえらのクラスさ、現国の先生キムラだよな?」
「?? そうだよ!」
「今どこやってる?」
「え? じゃなくて阿部がさ」
「それはちょっと置いといて」
「えーと、何とかって人の詩のとこ」
「あーじゃあ、もうすぐだな・・・・・・」
「へ?」
「聞いてりゃわかるよ」
「なにを?」
「現国の授業」
「なにがわかんの?」
「阿部の考えてること」
「へえ!!」

田島のその顔を見て泉は少し、嫌な予感がした。
花井もしたのだろう、 言った直後に しまった という顔になった。
そして何か言いかけようと口を開いたところで、集合の号令がかかってその話はそこで終わりになり、
それきり花井はそのやりとりを忘れてしまった。

そのことを、花井は後日心から後悔することとなった。








○○○○○○○

次の現国の時間に、田島は (ひそかに泉も) 大変熱心に講義内容に耳を傾けた。
退屈な文章の解釈に通常なら船を漕ぎそうな田島が、一言一句聞き漏らすまいと
意気込んでいたのは、眠気よりも好奇心のほうが勝っていたからに他ならない。
だから教師の 「その」 講釈を聞き逃すことはなかった。  教師は言った。

「つまり人間の心の機微のひとつとして、
 『近くにいるもの、長く時を過ごしたものに、より愛着がわく』  ということがあるわけだな」

その瞬間、2人は花井の謎のような言葉を理解した。
続いて即座に、泉は 「ヤバい」 と思った。
田島の顔がこれ以上ないくらい嬉しそうに輝いたからだ。
三橋は気付いてもいないのがいっそ哀れだ。

「と、考えるとこの場面での主人公の心情がわかってくるだろう?」

「はーいオレわかった!!!」

元気よく手を上げたのはもちろん田島である。
あぁ、 と泉は頭を抱えた。 
近くにいたら電光石火で口を塞いでいたのに、と歯噛みした。
田島とは席が離れているためそれができなかった。

と諦めかけた泉は、でも辛くも立ち直った。
まだ間に合うかもしれない。  多少目立ってしまうがこの際なりふり構っていられない。
これ以上野球部が好奇の視線に晒されるのは避けたい。
ただでさえ阿部の目立つ言動のせいで 「野球部=全員ホモ」 などという
非常に有難くない噂まで乱れ飛んだことだってあるのだ。
このテのことでこれ以上伝説を作りたくない。
ぶっちゃけ普通の高校生活を送りたい。  普通でいいのだ普通で。

以上のことがマッハの勢いで頭を駆け巡った。 
教師に当てられ、勢いよく立ち上がった田島に向かって泉は叫んだ。

「言うな田島ーーーー!!」

しかしそんな泉の切望だの努力だのは徒労に終わった。
泉の制止の声に被さって、それを遥かに上回る音量で田島が嬉々として叫んだからだ。


「だから阿部は三橋のそばに来んだ!!! 愛着湧かせようとして!!!!!」


(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それは阿部の心情で主人公の心情じゃない)

とは教師とクラスメート全員の心の声である。

泉はがっくりとうなだれた。  三橋は耳まで赤く染めてびしりと固まった。
そしてさらに、田島のその元気な声はひとつ置いた隣の7組の教室まで響き渡り、
花井と水谷の顔を盛大に引き攣らせた。




「阿部と田島がいる限り野球部は伝説 (ほも) になり続ける」 

という法則が確立された瞬間であった。
















                                                伝説の野球部 了

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                                                諦めたほうが早いと悟った瞬間でもある。