オマケ






ない、と一言口の中で小さくつぶやいてから阿部は数秒放心した。
それくらいのショックだった。

俄かにバクバクしてくる心臓は宥めようとしても
意志の力ではどうにもならなかった。
けれど落ち着けと念じた努力はある程度功を奏し、
手のほうはするべきことをした。

もう一度いつも入れているポケットを探ってみてから、
他の全部のポケットを順番に確認し、
次にダメもとで机の中を検分して最後に荷物の中を丹念にチェックした。
その一連の作業を3回繰り返したところで
「阿部、なに探してる」 と教師から声が飛んだ。
資料を探す振りを装ったつもりだったが、流石に不審に思われたらしい。
どの道4回目はしないつもりだったので、大人しく手を止めた。

「すみません、何でもないす」

ぼそぼそと言い繕ってからようやく事実と向き合った阿部は
がっくりとうなだれた。 

(落としたんだ・・・・・・・)

大したことない、すぐに見つかるだろうという楽観の隣に
もし見つからなかったらという絶望が顔を出した。
出したと思ったらむくむくと育ち始めたそれを
心のハンマーでもぐら叩きよろしくぶちのめす。
そうしないと授業中もなんのそので、教室から飛び出しそうだ。
失った携帯を求めて。

大したことない、大丈夫だ、と再度己に言い聞かせて、
最悪見つからない場合を想像してみた。
諸々の情報を失うのは痛いけど、戻せるものばかりだ。
親には怒られて何らかの罰則もあるかもしれないが、
必要な道具なので新しく買ってもらえるだろう。
危険な個人情報も学生の身ではないし、重大な損失は実質ない。 
ただ1つを除いて。

(・・・・・・全然大丈夫じゃねーよ!)

阿部はもぐら叩きを放棄した。 その1つが重要過ぎた。 

一体どこで
落としたのかと、これまでの行動を反芻する。
最も可能性が高いのは部室だ。
朝練の直前には確かにあった。 その後はわからない。
昼休みも終った5限の今に至るまで気付かなかったのは
今日は何かと忙しくて使わなかったからだ。
教室移動が多かったので、もし部室になかったら探す範囲は広大になる。
長すぎる空白時間に阿部は頭を抱えたくなった。

(くそっ・・・・・・)

写真の保存をしておくべきだった、と今さらながら悔やまれる。
当然するつもりだったのだ。
万が一に備えてパソコンに転送し、さらに印刷もしようと考えながら
忙しさに紛れてまだしていなかった自分をぶん殴りたい。
後悔先に立たずとはよく言ったもんだ。

あれこれ考えている間にも焦燥感が募り、放課後まで待てそうになかった。
次の授業はいっそサボろうと決めて
探す順番を思案しながら授業の終了をじりじりと待つ。
ようやく終って教師の姿がドアの向こうに消えるか消えないかで
席を立って足早に歩き出した。

「おい阿部」

そのタイミングで呼ばれただけでなく立ちはだかるように進路を塞がれて、
阿部は内心で舌打ちした。
誰かなんて見なくてもわかるから 「今忙しい」 と顔も上げずに言おうとした。
けれどそうする前に、ぬうっと目の前に突き出された物を見るや足が止まった。
反射的に受け取ってから確かめるように握りこんで、
馴染んだ感触に知らず安堵のため息が漏れた。
それから改めて渡してくれた友人を見れば、表情がどこか変だった。
気のせいかもしれないが。

「おまえんだろそれ」
「うん」
「落ちてたぜ」
「どこに?」
「部室」

やっぱりそうか、 と思う一方で拾ってくれていたなら何でもっと早く、と
一瞬恨み事が湧いた。 それが顔に出たのか、花井は淡々と説明した。

「昼休みに用事で行ったら見つけたんだ。
 戻ったのぎりぎりだったから渡せなかった」

ああ、と納得してから阿部は言うべきことを思い出した。
心からの言葉になった。

「ありがとう、すげー助かった」
「どーいたしまして」

すぐにも例の写真を確かめたい衝動に駆られたが、花井の前では憚られた。
後ででいいかと鷹揚になれるのもそれだけホッとしただけでなく
感謝もしていたからだったが。

「・・・・・・おまえさ」
「は?」
「あのさ・・・・・・・・」
「なに?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
「・・・・・・?」

花井は何事かを言いかけたきり黙りこんでしまった。
訝りながら待っていても続きが出てこない。
促すように目を見ても視線は微妙に泳いでいて、まるで三橋のようだ。
何が言いたいんだ、と微かな苛立ちを覚えたところで
やっと口を開けたと思ったら。

「・・・・・・やっぱ何でもねえ」
「何だよ、言いかけてやめんなよ」 

思わず文句がついて出た。
相手が三橋じゃなくたって、思わせ振りな態度をされれば誰だって気になる。

「・・・・や、悪かった。 忘れてくれ」
「・・・・・・・・。」

謝られてしまってはそれ以上言えなかった。
感謝の念がまだ消えていなかったこともあり、眉を顰めただけで呑み込んだ。
話は終ったとばかりに踵を返した花井を見て自分も席に戻ろうとした時、
ふと思い出したように花井が振り返った。

「阿部」
「え?」
「おまえって案外面食いだよな」
「・・・・・・・・はあ?」

返した時にはもう背中だった。
ぽかんとした後真っ先に浮かんだのは、疑いだった。

(見られた・・・・?)

それならその前の妙な様子も合点がいく。
が、待ち受けにしているわけではないし
目的を持って操作しない限り人の目には触れないはずだ。
花井が他人の携帯の内部を勝手に覗くだろうか。
根が真面目で常識的な男だとは、阿部だってよく知っている。
授業の間ずっと頭の中を占めていたから、ついそういう発想になるんだと
自戒してから首を傾げた。 携帯が無関係ならば。

(単なる世間話・・・・・?)

それだと根拠がわからないうえ唐突に過ぎる。
田島や三橋じゃあるまいし、と釈然としない何かを感じたけれど
結局すぐに蹴飛ばしてしまった。
仮に見られたとしても支障はないからだ。
あの写真では余程注意して見ない限り正体はわからないだろうし、
恋人ができたと誤解されても、それはそれで好都合とも言える。
何より阿部はその時、幸福かつ楽天的だったのだ。 安心のあまり。

(面食い、ねえ・・・・・)

言われたことを改めて考えてみた。
意識したことはなかったが、そうかもしれないなとにんまりと頬が緩んだ。
無事に戻ってきて良かったともう一度心から安堵して、大事に握り締めた。
今日はどんなに疲れていても保存しておこうと決めながら。


そんな様子を花井がこっそりと見て、ため息などついていたことに
阿部は気付かなかった。
花井が言いかけてやめた内容を阿部が知るのは、大分先のことになる。












                                       オマケ 了

                                       SSTOPへ





                                                     いつだよ(><;)