赤く 濡れて 光る





その顔を見たとき驚くより先に思ってしまったことは、

か  わ  い  い

だった。

一拍置いてから驚いた。

「何だよその顔・・・・・・・・・・」


我ながらマヌケな声が出た。








部活に行く前に9組の前の廊下に来たオレの目前にすごい勢いで誰かが走り出てきた、
と思ったらそれが三橋だった。
三橋は涙目だった。 そしてオレに気が付くとものすごく複雑な顔をした。
オレに会ってホっとした顔と しまった、と思っている顔が混ざって
何とも妙ちくりんな表情だ。
・・・・・ということがわかってしまうあたり、オレはこいつに関してはもうプロだぜ! とか思う。
ダンナの表情が読めないようじゃ女房失格だからな!
(でも未だによくわかんないことも実は多いんだけど。)

次に続いて 
「三橋くん!!」 という高い声とともに教室から女が数人ばたばたと走り出てきた時は
三橋の顔は 「助けて」 一辺倒になった。  何があったかは大体想像がつく。

「三橋くん! まだ全部終わってないよ!」
「あとチーク入れて仕上げだから!」

女どもは口々に言いながら三橋に迫ってくる。
瞬間 「チークなんて入れなくても三橋の頬はピンクじゃねーか」 と
我ながらしょーもないことを思ってしまった。
そんなふうにオレがズレたことを考えている間に
三橋は 「ひっ」 と口の中で小さな悲鳴をあげてオレの後ろに素早く移動した。
これはなかなか (いやかなり) いい気分だった。
三橋が女を避けてオレの後ろに隠れてる。 すっげぇ気分いい。

女どもは必然的にオレと対峙する形になってとまどっている。
違うクラスだし、知らないからな。  (オレも知んねぇし) と思ったら。

「阿部くん」

呼ばれてちょっと驚いた。 何で知ってんだオレの名前なんか。
オレが黙ってたらオレを呼んだ子は続けて言った。

「あれ? 阿部くん、だよね? 野球部の。」
「そーだけど。 何で知ってんの。」
「えーだって、有名だもん阿部くん」
(はぁ? なんで?)

よくわかんねぇ。  今はそんなこたどーでもいい。

「みは」
「三橋はさ、今から部活なんだ。」

女の子が言いかけたのをさえぎって先手を打った。 時間が惜しいし。

「オレこいつがいねぇと練習になんねぇし、もう時間ねーんだ。」
「え〜〜」
「残念」
「仕上げて写真撮りたかったのに〜」

女どもは口々に勝手なことを言っている。  冗談じゃない。
こいつのこんな顔をオレの知らないところで撮られてたまるかってんだ。

「三橋」
「ぅ は!」

三橋がオレの後ろでびくりとした。 (のが気配でわかった)

「とにかく荷物取って来い。 とっとと行くぞ。」
「う、うん!」

三橋は助かったという顔であいつにしては素早く教室に入って程なくして
荷物を片手に出てきた。

「三橋くーん、練習頑張ってねぇ」
「今度は最後までちゃんとさせてねぇ」

口々に言う女たちに三橋は 「あぅ」 とか 「え」 とか覚束ない挨拶(と言えるのか果たして) を返し
歩き出したオレの後を急いでついてきた。
オレは廊下を足早に歩きながら、改めて三橋の顔を盗み見た。

髪にはかわいいピン (というのか?名前がわかんねぇ) とかリボンとかがきれいに飾ってある。
それだけでもすげぇ似合っているうえに。
意外と長い睫毛 (てことをオレは知っている) にも緩やかなカーブがついていて、
目の上がうっすら淡い緑に染まっている。 そのうえ、
唇が。
不自然に赤く、きらきらと光っている。  しかもそれらが全部違和感ない。
やっぱこいつ、前から思ってたけど。

(ヘタな女よりかわいい・・・・・・・・・)

惚れた欲目だけじゃねぇと思うんだけど。
こんな顔を皆に見せるわけにはいかねぇし (てか見せたくない)、
第一このまま練習すんのはさすがにまずいだろ と判断したオレは三橋の腕を掴んでトイレに向かった。

「阿部、くん?」
「それ、落とさねぇと。」

言うと三橋はあからさまに安堵した顔になった。  イヤならイヤって言やぁいいのにまったく。
でも集団になった女どものパワーってのは確かにすごいものがあるから
三橋には無理かな、  とも思う。



トイレの洗面所で頬に触れてみたら肌には何も塗られてないようだった。
こいつの肌ってきれーだから要らない、と思われたのか、
それともたまたま持ってなかったのかは知らないけど、とにかくホっとした。
こいつの顔に女が (男もだけど) べたべた触るのなんて胸クソわりぃ。 我慢できねえ。

まず髪に付いているあれこれを外してやった。
柔らかい髪に絡み付いて、外すとき痛そうな顔をした。

「い・・・た・・・・・・・」
「我慢しろ」

オレも気を付けて慎重にしてはいるけど三橋の髪は猫っ毛なんでどうしても引っ掛かる。
思ったより時間をくってしまった。 全部外したときは三橋の目は涙で少し潤んでいた。
焦って大分乱暴になっちゃったかもしれない。

でも。  顔の化粧はそのままで目を潤ませている三橋、
の顔を見たらオレは少々ヤバい気分に。

「あ、阿部、くん?」

また腕を掴んで (何だか抵抗されたようだけど無視) 無理矢理個室に押し込んだ。
鍵をかけたら三橋が焦った顔になった。

「阿部く・・・・・・・・・」
「誰か来たらまずいだろ?」

そう言ってにやりと笑ったら三橋の顔が引き攣った。
なに考えてんだ。 そんなにひどいことオレがおまえにするわけねぇだろが。
ちょっとは、  するけどな。

「目ぇ瞑れ」
「・・・・え・・・・・」
「目に付いてるやつ取ってやるから」

それで三橋はやっと大人しく目を瞑った。
その、淡い緑に彩られた瞼をそうっと舌でなぞった。
途端に三橋の体がびくりと揺れて、顔が逃げていきそうになったんで
顔を両手で固定して逃げられないようにした。

(あ・・・・・・・・・・ヤベぇ。 マジで勃ちそう・・・・・・・・・)

と思ったけどまさかオレだって学校のトイレでする気はない。 声、出ちゃうもんな。
意識してなるべくヨコシマな気持ちを追い払った。
両方の瞼を丁寧に舐めてから、また見たら大分薄くなった。
完全には取れてないけど仕方ない。 練習しているうちに汗で流れるだろう。
さて次。
三橋は目を瞑ったままかすかに震えている。

(オレのこと煽ってんのかこいつ・・・・・・・・・)

震えて光る唇に指を這わせた。  ぬるり、という感触がある。

「気持ちわりぃ・・・・・・」

三橋が目を開けた。 目に不安な色が揺れている。

「あ、おまえがじゃねぇぜ。 そのリップ。」

みるみる安心した顔になった。 
(あぁもうこいつは・・・・・・・・・)
我慢できなくなって乱暴に口付けた。
当初の目的はとりあえずどっかに追いやって三橋の口の中を堪能する。
こうしてれば取れる、気もするし。  でもやっぱり唇のぬめりと人工的な匂いが気持ち悪い。
さっさと取りたくて舌で三橋の唇の表面を丁寧になぞってやった。
それから改めて深く貪った。
最初震えていた三橋も今はオレにしがみついて応えてくれている。

「・・・・・・ん・・・・・・・」

三橋の色っぽい声が漏れて
これ以上やっているとマジでヤベーな(オレが) と思ったので離してやった。
三橋はオレにしがみついたまま離れない。 足元が覚束ない感じだ。
(ちょっとやり過ぎたな・・・・・・・・)
でも唇を見たらほとんど取れていた。 仕上げに指で拭ってやった。

「取れたな」

言って笑ったら三橋は真っ赤に染まった顔を俯けた。
やっぱなんにも付いてないほうがずっといい。
そんなもん付けなくても三橋の唇はすげーきれいだし。  さらっとしてて気持ちいいし。
同じ光るんならオレの唾液で濡れてるほうがずっと色っぺーしな!!

「もう化粧なんてさせるなよ」
「・・・・・え・・・・」
「おまえだってイヤなんだろ?」
「・・・・うん・・・・」
「もし今度同じことされそうになったら」
「・・・・・・・・。」
「スポーツ部員のくせにっつってオレに殴られた、って言いな」
「え・・・・・・でも」
「なに」
「阿部くん、そんなこと・・・しない・・・・・」
「いいから」
「・・・・でも」
「オレは! おまえが勝手に化粧されるより、オレが悪者になるほうがいんだよ!!」
「・・・・・・・。」
「わかったか?」
「・・・・・・うん」

三橋がようやく頷いたんで、オレもやっと満足した。







○○○○○○

その後急いで部室に行ってぼーっとしている三橋の着替えを手伝ってやった。
だってこの呆け方は多分さっきのキスのせいだ、とわかったから少々責任を感じたし。
第一こいつが遅いとオレが困る。
練習大丈夫かなと思ったけど、こいつはボールを持てばしゃっきりするだろう。

続いて自分も急いで支度してたら花井が入ってきた。
もう着替えていたから練習の途中で何か用事で戻ってきたんだろう。
オレらを見て 「おせーぞ」 と言って、それからすごく妙な顔をしやがった。
明らかに引き攣っているような。

(? 何だよ)

でも何も言わないんで、構わずにさっさと支度を終わらせて外に出たら
今度は水谷と栄口がオレの顔を見て真っ青になった。

(・・・・ワケわかんねぇ。 オレ何かしたか?)

でもその疑問は次の瞬間の田島の叫びで解決した。

「阿部ぇ! なに口紅付けてんだよ! 女とキスでもしたかぁ?」
(!!  あぁそうか・・・・・・・・)

田島の叫びを聞いて、近くにぼけっと突っ立っていた三橋の顔がまたみるみる赤くなった。

「くそっ」

だから口紅なんて嫌いなんだ!!!
オレは慌てて口を手の甲で乱暴に拭いながら
三橋の、今は乾いてさらりと見える自然な赤さの唇を盗み見て

(付き合ってんのが三橋で本当に良かったぜ・・・・・・・・)

なんてまたちょっとズレたことを考えてしまったんだ。















                                           赤く 濡れて 光る    了 

                                                SSTOPへ









                                              阿部が口紅塗ったらドラキュラになると思う