阿部という男





「おまえは世界で一番かわいい」

そう告げる阿部の目は真剣そのものである。 真剣を通り越して怖くさえある。
三橋は真っ赤になって絶句した。

「外見も性格もかわいくて仕方ない」
「へっ・・・・・・・」

三橋はぱくっと口を開けて、そのまま固まった。

「こんなかわいい生き物をオレは他に知らない!!」

固まっていた三橋の口がもごもごと動いた。

「えと、 あの。 ・・・・・それ目が悪」
「オレは視力はいい!」

阿部は途中でさえぎった。 そしてさらに言い募った。

「オレはおまえのためなら何でもする」
「え、 あの、」

三橋は今度は慌てた顔になった。 一方阿部はますます真剣に言葉を続けた。

「おまえの世話すんの楽しいし、他の奴に構われているとムカつく」
「き、き、気のせいだと思・・・・・・・・」
「気のせいじゃねー!!! だから頼むから女と、いやもう誰とも親しげに話さないでほしい!!!!」
「そ、そんな・・・・・・」
「おまえに触っていいのはオレだけ。 世話していいのもオレだけ。
怒っていいのもオレだけで泣かしていいのももちろんオレだけだ!!!!」
「・・・・・・・・・・。」

三橋の顔が少々引き攣った。
そんなことにはお構いなしに阿部の口からは奔流のように、本人は甘いつもりだけど
傍目にはぶっとんだ言葉が零れ出る。

「何があってもオレはおまえを守ってやるし!!」
「あ、あのそんな、もったいない」
「おまえが頑張ってんのは誰よりもオレが知ってる」
「あ、ありが・・・・・・・」
「おまえの笑顔が一番大事で、オレだけに向けてくれるともっとベター。」
「えっとその、阿部く」
「愛してる」

びょん!!  と三橋は飛び上がった。

「う、 う、 うそ・・・・・・・・」
「何で嘘なんだよ?!!」
「え、 だってそんなオレなんか」
「信じてくんないのかよ!?」
「あ、阿部くんは、きっと勘違」
「どこが勘違いなんだよ!??」
「え、 あの、 だって、 あの」


「だから結婚してくれ!!!!!!!」











○○○○○○○

「・・・・・・・・・という夢を見たんだ」

そうぐったりと栄口に告げた花井の目の下にはくっきりとクマができている。
栄口は心の底から同情 (同時に明日は我が身というおののき) のため息とともに慰めた。

「・・・・・・・・お疲れさま」
「いやまぁ夢だし?」
「・・・・・でもリアルだよね・・・・・」
「・・・・そう思うか?」
「三橋のうろたえ具合とか」
「うん」
「結局阿部の言うことをどこかで信じきれてないあたりとか」
「ははは」
「阿部のセリフとか」
「言いそうだよな・・・・・・」
「実際そこまで言ってるかはわかんないけど」

「言ってねーよ!」

2人は文字通り派手に飛び上がった。
声の主の姿は見えない。 が、それが話題の当人であることに疑いの余地はない。
石像のごとくこちりと固まった2人の近くの草むらががさがさと動いたかと思うと、
のっそりと、阿部が現れた。

「・・・・・・・・よぅ」
「ああああ阿部・・・・・・・」
「いいいいいつからそこに」
「おまえらが来る前から」
「な、何でまたそんな草むらになんか」
「天気いいから寝っころがってうとうとしてた。」
「ふ、ふーん・・・・・」
「でもおまえらの声で目ぇ覚めた」
「・・・・・てことは」
「今の、き、聞いてた・・・・・・・・?」
「全部」

2人は青ざめた。
しかし硬直したまま何と言って謝ろうか (謝るべき類のことかどうかというのはこの際問題ではない)
と脳みそをフル回転させている2人にとって意外なことに、
阿部の顔は仏頂面ではあったもののさして険悪でもなかった。
続いて出てきた言葉はむしろ「感心」、 という響きさえあった。

「なぁ、何で普段オレの考えていることがそこまでわかるんだ?」

2人はその瞬間驚きも焦りも忘れてそろって呆れた。 いろいろな意味で。

「なあ、何でだ?」
「・・・・・顔に出てるから」
「顔?」
「・・・・・行動にも出てるし」
「行動?」

花井と栄口の返答に阿部は本当に驚いたような顔になった。
2人はまたこっそりと呆れ返った。

「知らない奴はどーか知んねーけど、そういう前提で見てると丸わかりだぜ?」

硬直の解けた花井がずけずけと指摘してやる。
阿部は難しい顔でしばし視線を泳がせた。
それからぼそりとつぶやいた。

「じゃあ何で三橋はわからねーんだ?」
「は?」
「何で第三者が見てるだけでわかるくらいのものが、三橋本人には伝わらないんだ・・・・・?」
「え? わかってるだろ?」
「いーやわかってねー!! わかってたらもっと自信持つハズだ!!!」
「あ、 そーゆー意味・・・・・・」
「なぁ、何でだよ?!!」

2人は顔を見合わせた。
その理由は。

「・・・・・・・三橋だから」

としか言いようがない。   むしろそれに関しては。

「一番わかってんのはおまえだろ・・・・・?」

もっともな花井の言葉に阿部は僅かに、悲しげな顔になった。

「そうなんだけどさ」
「じゃあ聞くなよ」
「時々むなしくなんだ」
「はあ」
「オレだってあいつと2人でいる時はめいっぱい示しているつもりなのに」

ある意味三橋に尊敬の念を覚える2人である。

「あいつ、未だにどっかで自信持ってないような気がする。」
「ふーん」
「どうすればわかってくれるんだろう・・・・・・・・・」

らしくなく、しゅん、という風情になった阿部に栄口はうっかり同情のような気持ちを抱いた。

「あのさ、花井の夢みたいに言葉でどんどんはっきり言ってやれば三橋だってわかんじゃないの?」

至極尤もな意見である。 しかし阿部は言下に言い切った。

「いやだ」
「なんでさ?」
「そんなこっ恥ずかしいこと言えっか!」

((こっ恥ずかしい行動は平気なクセに・・・・・・・・))

2人の息の合った突っ込みは心の中だけでなされたので阿部には聞こえなかった。

「阿部さ、でも野球に関することでは言ってるじゃん」
「野球は別」
「でも恋愛でも三橋にもっと自信持たせたいんだろ?」
「うん」
「言えばいいのに」
「いやだ」
「じゃあダメだろ」
「いやオレだって言ってる!!!」
「どっちだよ」
「言ってるけど、あんな歯の浮くようなセリフは死んでも言えねー!!」
「死ぬ気で言えよ」
「でもおまえらは見てるだけでわかるんだろ?!」
「まぁな・・・・・」
「何で三橋にはわかんねーんだよ?!!」
「だからそれは三橋だから・・・・・・・・」

はーっと阿部はため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちだ、 と気の毒な2名は思った。
そんな2人に阿部はさらに追い討ちをかけた。

「でも最後のやつはいつか言う」
「最後のやつって・・・・・・・・・・・・」

花井と栄口はよせばいいのに記憶をたどった。

((言うのかよ!!!))

2人して空ろな目をしている間に阿部は 「お、もう時間だぜ?」 と平然と言うなり
きびきびと去って行った。

空ろな目のまま栄口がつぶやいた。

「・・・・・・・いつ言うのかな・・・・・・・」
「オレに聞くなよ・・・・・・・・」
「卒業後だろうな・・・・・・・」
「そう願いたいね」

気を取り直したように栄口は言った。

「あいつらって性格を考えると最悪の相性じゃない?」
「うーん、そうかも」

言いながら苦笑を禁じえない2人である。

「三橋だってある程度はわかってんじゃないかな?」
「わかってても自信がないんだろうな・・・・・・・・」
「てか、自分に都合のいい解釈をしないって感じ?」
「そうそう。」
「言えない阿部と自信の持てない三橋とどっちに問題があると思う?」
「それは・・・・・・・・・・」

はー  っと今度は花井がため息を吐いた。
そして栄口が考えたことと同じことをつぶやいた。

「どっちもどっちだろ」
「だね・・・・・」
「「でも」」

否定の言葉はきれいに重なった。

「意思疎通に若干問題があっても別れなさそうだよね」
「オレもそう思う・・・・・・」
「だってさ」

2人はまたも同時に同じ言葉を心持ちぐったりと、 つぶやいた。

「「阿部だからな」」
















                                                   阿部という男 了

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                                                    そう、阿部だから。