油断大敵






走りながら阿部は怒鳴った。

「何で起こさなかったんだよ!?」

だって三橋は起きていたのだ。

電車の振動に気持ち良くなって、いつのまにかいっしょになって寝こけてしまった
とかならわかる。
しかし、 がたん! という一際大きな音と揺れにふと、阿部が目を覚ました時
最初に目に入ったのは、自分を覗き込んでいる三橋の茶色い大きな瞳だった。
瞬間、見慣れているはずのそれにぼぅっと見惚れて、
それから我に返って車外を見てみれば、2人が降りるはずの駅はとうに過ぎていて。

ちょうど次の停車駅のホームに滑り込んだところだったから
とりもなおさず慌てて降りて、またそこが折り悪く私鉄の集中している大き目の駅だったため
反対方向の電車に乗るべく駅構内をひた走る羽目となった。
のんびり歩いていたら集合時間に間に合わないからだ。

阿部の問いかけは当然至極の疑問であり、返答の予想がついていたわけでもない。
三橋は時々阿部の理解を超えた言動をとるから、純粋なる好奇心と、
それに加えて半分非難の意味合いもあったのは致し方ないだろう。

(どうせ はぁ? と言いたくなるような理由に違いない)

それでもそこまでは予想して、阿部はため息をついた。

が、三橋の途切れがちな小さな声で発せられた言葉を聞いた瞬間
阿部はうかつにも 走りながら硬直する、 という矛盾した動きをやってしまったものだから
結果、  転んだ。

見事にすっ転がった。

「あ、阿部くん?!」

三橋の焦った声を聞きながら阿部は思い出していた。

(そういえば、こいつはこういうヤツだった・・・・・・・・)

次にやにわに起き上がって再び走り出した。  走りながら内心でぼやく。

(最近なかったんで油断してたぜ・・・・・・・)

三橋の一歩前を走る阿部の耳に、まだ焦っているような声が聞こえた。

「だ、大丈夫?」

大丈夫。  全然大丈夫。
仮に大丈夫じゃなくても今の阿部は三橋に顔を見られたくないので
何が何でも三橋の前を走らなければならないのである。
脳裏にはつい先刻聞いた小さな声が蘇る。


『阿部くんの、 寝顔に、 見惚れていて・・・・・・・』


思い出すと、顔は意思に反してますます緩むわ熱くなるわで

(全力疾走すれば赤い顔しててもごまかせるかな・・・・・・・)

などと密かに目論む阿部なのであった。













                                              了 (NEXT

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                                                     久々にやられたらしい。